カテゴリ:インラインな人々( 6 )
五島会 '09
昨日は、主催者の五島がいっつもドタキャンで来たことがない、

『五島会』でした。

「今回はほんまに来るんか?」

という問い合わせもありましたが、なんとか降臨してくれました。

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五島のツボ芸人、『ざび』も来てくれたのでこの喜びようです。

そして、週に三回は喋ってるであろう『あきら』と、五島たっての要望で愛人『たにぐち』も。

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偶然たにぐちがカナダ留学から帰ってきた直後だったので、「たにぐち無事帰国残念会」と称して、五島会とのダブルネーム開催とゆうことで。

すっかりスケートの話をしなくなったスケーターの集まりです。

僕自身も五島と会うのは何年振りかで。ぽっちゃりでかわいいキャラやった五島が、今ではすっかりビルドアップされたカッチカチ芸人になってました。ジムいったりボクシングやったりと、相変わらず体育会系且つストイックなことで。

そんな”逆に”を連発する五島の体育会系トークに翻弄されつつ、相思相愛のざびは共に熱燗を次々にあけていき、二人とも上機嫌に。

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あ、この包帯はざびが精一杯仕込んできたギャグなんで、どうぞスルーしてください。

楽しすぎたせいか、相当テンション上がりまくってた五島は、店に響き渡るほどの大声でざびとたにぐちに絡み始め、

「あ、これやばいんちゃう…?」



ってみんなが思い始めた矢先に、


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トップギアから間違ってバックに入ったしまったみたいで…。


あーあー、やってもうてるやん。

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この後の”惨劇”は、本人の名誉のために伏せておきますが、なんしか大変でした。


さっき電話で喋りましたが、この頃から全く覚えてないらしく。笑

でも、”逆に”お腹が空いてるぐらい全然気持ち悪くないみたいで。
結果、楽しむだけ楽しんで終わるという一番の幸せもんでした。

なんしか、元気で一安心。


やっぱ、飲み会は先に潰れたもん勝ちですな〜。

そんな幸せもんから、超有名なフレーズを頂きました。


「全然そんな飲んでなかったんですけどね〜?」
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by mssystk | 2009-02-01 13:27 | インラインな人々
梅田スケーター
こないだ懐かしいスケーターに会ったんで。


みんな好きなスケーターってだいたいいますよね。ベテランさんならArlo Eisenberg、Chris Edwardsとか、僕の始めた頃ならJosh Petty、Jon Julioかな。最近は、、、、誰やろわからん…。

前述ですが、やっぱり僕はインラインスケートを始めた頃から伊藤千秋が好きですね〜。そして僕の師匠、みっちー君の影響でスタイリッシュなスケーティングをするスケーターに惹かれます。とりわけ、僕の中では「梅田スケーター」ですね。

まあ、勝手に梅田スケーターってジャンル分けしてる訳ですが…。

一番印象に残ってるのが、社会人一年目に大阪で働いてた頃、仕事上がりに梅田で彼女と食事に行こうとしてた時に、大阪駅のステアからワタル君が540で降ってきたことですね(笑)。その頃は、パークにちょこっと滑りにいったりはしてたけど、リアルストリートってのはまだ実感したことがなかったんで、「う〜わ、めっちゃかっこええやん!」って衝撃を受けました。

コロコロやダイサク君、男気満開ナベシマ君なんかもいてたと思います。みんな高校生とか中学生でかなりやんちゃに攻めてました。Stormとかにも梅田ストリートって載ってましたよね。いい時代でした。

実際に喋ったことある人では、チアキ、栄君、ジョーカーさん、タケサダ君、猪熊君、健君、カーキ、コロコロ、ワタル君、ダイサク君、ナベシマ君、大西君、エイジ君、そしてみっちー君。ほかに面識ない人もいるし、忘れてるだけの人もいると思うけど、この辺の人達は永遠の憧れですね。今でも一緒に滑ることはあるけど、実は未だにちょっと緊張したりしてます。(笑)


最近って、滑ってる人達がベテラン化してきてニューカマーがあんまりいませんが、プロスケーター達の滑りに憧れて、またストリートで滑りだす人が増えたらなーってちょっと思いますね。なかなかストリートも世間的に厳しそうな御時世になってきてますけど。


しかしまあ、岡山の今後はだいぶやばそうですね。
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by mssystk | 2006-11-18 00:43 | インラインな人々
チーム みっちー
「ストリートで滑る」とゆうことを教えてくれた人物。

みんなお馴染み、みっちー君です。いわば僕の師匠。

みっちー君とは、京都のスノボ屋さんにあったミニランプで滑ってるときにたまたま会いました。top acid がやたら渋かったんが今でも印象に残ってます。そん時のみっちー君曰く、「梅田で一緒に滑ってた人達が、最近あんま滑らんようになってん。」、やって。そっから枚方を中心に毎週どっかで一緒に滑るようになりました。

当時は、「この人、ハンドすっきゃなー。」って思うぐらいちょっ速でハンド飛び込んだはりました。のちに聞いたのですが、大阪のストリート出だしたときに、ハンドレールのスポットばっかり連れてかれたみたいで、逆にカーブをあんまりやったことなくて苦手やったみたいです。

その後カーブ慣れしてきてカーブがおもしろくなってくると、ハンド行こーなって誘っても、
「ハンドなんか、この世から無くなってしまえばええねん!」
って、ヘタレたはりましたけど。笑

みっちー君と滑るまでは、「スタイル」なんて言葉とは無縁でしたが、一緒に滑るようになってからは、僕のスケーティングやスタイルの悪さに対してかなりのダメだしを喰らいました。そのおかげでだいぶマシなスケーターになれたんやないかと。感謝感謝!

こんなんゆうてたらめっちゃ厳しい人みたいですが、常におもろいことゆうてみんなを笑かしたはります。僕もだいぶネタパクりました…。

そしていつも感心するのが、たまたま会った初心者スケーターにも熱心に教えてあげるとこですね。スケーティングって凄く大事やし、ちゃんと滑れてる人が教えてあげるべきやと思うし。

しかしまあ、みっちー君のブーツ、全部アンチウィールみたいにちっさなってんのに、なんであんなはよ滑れんねん…。


そんなわけで、チームみっちーとは、みっちー君に教えてもらったり、お世話になったり、影響されたなーって人が自分の中で自己満のように思ってるだけのことです。自分がそうやと思ったらたぶんそうです。


ちなみに、代表的な自称チームみっちーは、僕とちぢいわです。
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by mssystk | 2006-05-05 14:59 | インラインな人々
始めたきっかけ 〜弐〜
インラインスケート、おもろいかもなー。


しかし、興味本位で買うにはチョリッと高い気がするし。とりあえずインラインについてもうちょい調べてみることに。

本屋さんでHow toもんを探してみると、意外とあるもんやねー(当時の話)。何冊かあった中で目に留まったのが「インラインスケート完全攻略ガイド」。この本には、よー知らんかったレールグラインドの解説が載ってました。バートの解説もぎょうさん載ってました。今思えば、この頃が一番発展途上で熱かったんやないかと思います。残念ながらこの本はスケート初心者やった誰かに貸したまま行方不明になってしまいましたけど…。K2のライダーやったチアキとかも載ってたのになー。泣

それはさておき、これはほんまにおもろそうやなー!と思い、やってみることにしました。

早速連れとミツハシへスケートハント。インラインの知識は何も無かったんで、とりあえず気に入ったブーツを買うことに。連れはRocesのバート向けのブーツ「Impara」、僕はK2の「Fatty」を購入。実はK2のFatty Proを履いてたチアキに憧れて選んだのがK2でした。

ただ、のちにこの選択が連れのインライン離れを促進するとは全く思ってもいなかったですけど。インパラって金属フレームやし、カーブでグラインドすることができんかったんでね。半年であっさり辞めちゃいました。Fatty買わしといたらよかったな〜。

そんな訳で、僕のインライン人生は、始めて早々ソロ活動を余儀なくされました…。
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by mssystk | 2006-04-15 01:14 | インラインな人々
始めたきっかけ 〜壱〜
それは、一通のDMでした。


小学校3年生のとき少年団でサッカーを始め、中学校まで続けてました。ただ、足が遅く、そんなにうまくもなかったんで、おもしろいけど競技としてはあまり伸びしろを感じられず、高校からは違うことをすることに。

それで始めたのがアーチェリー。
顧問の先生は、日本代表として海外試合に出場したりする、日本のトップアーチャーだったので、この時に精神的にも肉体的にも鍛えられました。今日の人格形成に多大な影響を与えた先生です。おかげでこんなしんどい会社も辞めずに頑張ってんねんなーと。

しかし、大学の体育会では挫折に満ちた競技生活を送り、見切りを付けて1年半で退部。

そっからひたすらバイトして車を購入。行動範囲が広くなったとゆうことで、同じく他校でアーチェリーから足を洗った連れとなんか始めよっかと試行錯誤。

最初はサーフィンが候補に挙がりましたが、京都から三重の伊勢湾まで行くのが結構めんどくさそうやったんと、そこまで金持ってなかったんでボツ。自転車系も予算の都合でボツ。スケボーもええかなって思ったけど、ベタ感がしたのでこれもボツ。

あんま金が掛からずに、身近なところで気軽に遊べそうなんを探していたら、京都・奈良にあるスポーツ店「ミツハシ」からバーゲンのDMが届く。載ってたのは、サーフィン、ボディーボード、ウェイクボード、スケボー、インラインスケート、などなど。

「ん? インラインスケート?」

存在すら忘れかけてたときに、目に入ってきた言葉でした。
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by mssystk | 2006-04-08 12:41 | インラインな人々
今思えば
アグレッシブインラインとの出会いは、18歳の時でした。

その前からインラインスケートってものは知っていましたが、想像できるのはせいぜいアメリカの海岸をフィットネスとして滑ってる光景ぐらいでしたので。

高校3年生のクリスマス、取り敢えずどっか出かけよっかってことで、彼女と大阪の天保山をうろうろすることに。マーケットプレイスでお買い物したり、海遊館でジンベイザメ見に行こかってノリで。

天保山に到着すると、なんかいつもと違った光景が。広場に何故かハーフパイプが置いてあるし。

そう、そこで行われていたのは、「team GOOD SKATES」によるデモンストレーション。残念ながらそのときに滑っていたメンバーではっきり覚えているのは、古森隆一氏だけなんですが。ほかにも安床ブラザーズとかいっぱいおったんやろーなー。写真撮っといたらよかった…。

その古森隆一氏はハーフパイプでバックフリップをやっていました。MCが、その当時国内でバックフリップをできるのは古森隆一氏ただ1人ってゆうてたような…、気がします。確かにあれは衝撃的で、めっさかっこよかったのを覚えてます。ほかにもジャンプランプやレールセクションを設置して、レールグラインドやエアーのデモンストレーションもやってましたね。

「へぇ〜、こんなこともできんねや〜。」

その時は、大学行ってもアーチェリー頑張ろうって思っていた純朴少年やったんで、まさか自分が何年後かにハンドレールで肋骨やられるとは思いもしませんでした。ただ単に、かっこええことしたはるわ〜って、あくまで客観的な感想しかなかったです。

もしその頃から始めていたら、もっとうまくなってたんやろか。そして、今とは全然違う人生を送ってたんやろか。でも、今まで過ごしてきた時間もめっちゃ貴重な経験でいっぱいやし。

人生の分岐点ってあちこちにあるけど、どれを選んでもそれなりに楽しくやってけるようになってるんやろーなー。たぶん…。
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by mssystk | 2006-04-05 01:01 | インラインな人々